弁護士小川義龍の言いたい放題(弁護士日記・A面)

投稿日時:2011/04/04(月) 16:15rss

なぜ、"悪人"を弁護するのか? [裁判]

 よく尋ねられる質問だ。

 弁護士はあるときはヒーロー、あるときは悪役になる。特にマスコミがそのように報道する。先日の読売新聞社説に、こんな記事が掲載されていた。一部抜粋する。

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 【秋葉原事件死刑 理不尽な凶行が断罪された(3月25日付・読売社説)

 2008年6月に東京・秋葉原で7人が殺害され、10人が重軽傷を負った無差別殺傷事件で、東京地裁は殺人罪などに問われた元派遣社員の被告(28)に、求刑通り死刑を言い渡した。
  ・・・(中略)・・・
 昨年1月の初公判以来、公判は30回に及び、出廷した被害者や遺族らは42人に上った。被害者らの多くの供述調書について、弁護側が証拠採用に同意しなかったため、法廷での証言により事実を認定する必要が生じたのだ。
 つらい記憶を呼び戻して証言しなければならない被害者や遺族の立場を思えば、弁護側の手法には疑問符が付く。裁判官にも厳格な訴訟指揮を期待したい。

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 この記事は、「弁護側の手法には疑問符が付く」として弁護のあり方を批判している。

 この事件に限らず、犯人性が明らかな事件について、マスコミは弁護のあり方をしばしば批判する。言いたいことは要するに「悪人をなぜ弁護するのか?」ということだ。
 しかし、一般市民がこのような疑問符を投げかけるのはやむをえないが、マスコミが言うのはミスリーディングだ。というのも、マスコミは、なぜ弁護士が悪人を弁護するのか、その本当の理由を知っているからだ。

 その本当の理由とは、こうだ。

 弁護士が悪人を弁護するのは、その悪人自身を弁護しているというよりも、適正手続を弁護しているのだ。
 適正手続というのは、どんな悪人であっても法令の定める適正な手続きに従って裁かれなければならないという法治国家の大原則だ。
 もし悪人に適正手続は要らない、早く死刑にしろ、ということになったら、これは危険だ。なぜなら、それこそ歓声と喝采によって広場で魔女を火あぶりにした中世と同じ社会に戻ってしまうからだ。中世の魔女狩りが野蛮なのは、無実の者がいとも簡単に罪に問われてしまったところにある。

 人が人を裁くというのは、自分が見聞していないことについて、過去の事実はこうだと断定することであり、神ならざる人にとっては慎重に行わなければ極めて危険な行為だ。一見、悪人のようだが、実は悪人じゃないかもしれないのだ。だから、風聞や感覚や印象で他人を裁いてはならず、あくまでも客観的証拠と多角的検証を踏まえて行わなくてはならない。その客観的証拠に基づく事実認定や多角的検証は、面倒でも適正な手続に従って慎重に行われなければなしえない。そうでなければ、冤罪が防止できないのだ。

 しかも適正手続は、例外なく行われなくてはならない
 適正手続に一定の例外を認めてしまうと、風聞や感覚によって例外基準がどんどん広がっていくおそれがあり、結局、適正手続が骨抜きにされてしまう危険性がある。だから、一見、適正手続が無駄に見えるような犯人性が明らかな事件でも、原則どおり、しっかりと手続を踏まえて弁護が展開される必要がある。

 このように、弁護士は今まさに悪人として裁かれている者を弁護しているように見えて、実は、法治国家が弁護士に要請する「適正手続の擁護者」としての役割を果たしているという理解が重要なのだ。
 どんな悪人に対しても、「もしかしたらこの人は違うのではないか」というアンチテーゼを、手続上の役割として果たすことを期待されているのだ。これは法律で決められていることであり、ということは国会で「みんなが決めたこと」だ。決して弁護士が思いつきで勝手にやっていることではない。

 もっとも弁護士が、悪人を否定するようなアンチテーゼを立てるのは、とりわけ犯人性が明らかに見える事件の直接の被害者にとっては不快だろう。
 しかし、最終的に判断するのは裁判官であり、弁護士は「1%でも可能性があるならば違う見方を裁判官に示す手続上の必要」があるから、敢えて行っているのだ。弁護士によっては、心の中で被害者の心中を察して泣きながらも、毅然として自分の役割を果たしている人が多いだろうと思う。

 特に「あなた」が、冤罪事件で裁判にかけられたと仮定してみてほしい。
 マスコミは、逮捕されたら犯人という論調で報道するから、あなたは世間からは白い眼で見られるし、早く処刑しろという様子で騒がれる。実際、近いところでは厚労省局長の事件がそうだったし、以前には松本サリン事件がそうだった。犯人と指弾されても、権利を回復できたのは適正手続のおかげであり、いかなる場面でも、例外なく、被疑者被告人を全く同じように力一杯弁護する弁護人あってこそだったのだ。それでも、あなたとしては、世間から早く処刑しろと騒がれたら、もう弁護しなくていいですと諦められるだろうか。

 適正手続の弁護は、そして刑事弁護は、黒いものを白くするために行っているわけではなく、白いものを黒くしないためにあるのだ。そして明らかに黒いものであったとしても、将来の冤罪防止、国民の人権保障という重要な役割を担っているのだ。

 このように、弁護士がなぜ悪人を弁護するか、その本当の理由をマスコミは知っているはずなのに、この部分を報道しないのはミスリーディングだ。
 まして読売新聞の社説ともあろうものなら、世間の表面的な感情論を煽るだけではなく、刑事弁護の重要な意義をしっかりと述べた上で、批判するなら批判して欲しい。

 読売新聞社説、その末尾を、私だったら、こう書く。


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「弁護人が法治国家の大原則である適正手続擁護のために、いかなる被疑者・被告人に対しても万全の弁護活動をすることは納得できる。
 しかし、つらい記憶を呼び戻して証言しなければならない被害者や遺族の立場を思えば、本件のように犯罪事実が明かな事件に関して、弁護側の手法として別の方法はなかったのかを検討したいところだ。」

 と。
 

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