弁護士小川義龍の言いたい放題(弁護士日記・A面)

投稿日時:2011/02/24(木) 00:10rss

裁判に勝つためには(2) [裁判]

弁護士は証拠(立証活動)のプロである。

 前回、裁判に勝つためには証拠が全てだという話をした。
 そしてこの証拠とは、必ずしも契約書など端的に事実を物語る客観的証拠だけに限られないというところまで述べた。さて、今日はその続きである。

 証拠について語る前に、ここで「事実認定」のお話をしよう。
 事実認定という言葉は、法律用語として耳にする言葉だと思う。しかし法律用語だからといって難しく考えなくてよい。言葉どおり、事実を認定する作業が事実認定だ。
 この作業には、複雑な計算や難しい科学法則や高い知能を利用するわけではない。じゃあ、何を利用して行うのかといったら、それは「常識」だ。常識って何?とか、判ってるくせに天の邪鬼に哲学的なことを問われても困る。普通に、漠然と、子供が素朴に思い浮かべるような、そんな常識だと思って欲しい。もっと言い換えれば、100人に訊いたら90人以上がそうだと答えるような感覚、これが事実認定に使う常識だ。
 そして常識に基づいて、自分が経験していない事実を、きっとこうに違いないと断定する作業、これが事実認定だ。

 事実認定が常識に基づく認定作業だと一言で説明すると、なんだか適当なもんだなと感じるかもしれない。しかしそうではない。常識は直感とは違う。客観的かつ合理的な推論を重ねて、前提事実から一つずつ隙のない認定を積み重ねて最終的な結論にたどり着くもの、これが事実認定だ。

 裁判官は、この緻密で隙のない事実認定をすることによって、たかが第三者に過ぎないにもかかわらず、自分が実際に経験してもいない事実を自信満々に認定して、堂々と法的権利の存否を語る判決を書けるのだ。
 しかしそうは言ってもやっぱり、事実認定を導くツールは常識に過ぎないから、別に裁判官に偉そうに認定してもらわなくても、事実認定は誰だってできる。だから、裁判員制度が実現したわけだ。
 なお、事実認定は常識に基づくものだから、素人でもできるというのはその通りだが、経験を積んで慣れている方が的確な事実認定をしやすいのも事実だと思う。そういう意味で私は、裁判員制度に諸手を挙げて賛成している者ではないことを付言しておく。ちょっと横道にそれた。

 さて事実認定は常識というツールによって行うことをわかって頂いたところで、このツールを使う対象は何か。それが「証拠」である。

 証拠という素材を常識によって料理すると、自分が経験していない事実が美味しく出来上がってくる。他方、いかに料理の腕が確かであろうと、素材が腐っていたり新鮮でなければ美味しい料理は作れない。まして素材がなければ、そもそも料理をすることすらできない。事実認定とはそういうものだ。
 だから証拠が大事であり、どんな証拠を採ってくるか、そして採ってきた証拠をどう捌くのか、この辺がプロとしての弁護士の腕の見せ所になるのだ。

 じゃあ、具体的な証拠を見ていこう。
 民事裁判でよく登場する典型的な証拠の一つに「契約書」がある。契約書があれば、少なくとも契約をしたという事実が認定できる。契約の成否に関する争いは、契約書が有力な証拠になるのだ。
 実際、契約したとかしないとかそんなベーシックな争いがあるのかと思うかもしれないが、これが結構多い。例えば、こんなケースだ。

 <AがBに対してホームページの制作をしてもらおうと見積もりを取って打ち合わせを重ねた。Bとしては、てっきりAがホームページを発注してくれるものだと思って、打ち合わせに従ってどんどん制作に入っていった。ところがAは、見積もりが高すぎることを理由に制作を断った。Bはホームページ制作請負契約が成立していたはずだということで、制作料金(=請負代金)の支払を求めて提訴した。>

 このケースで、Bは契約の成立を主張し、Aは契約の未成立を主張することになる。契約の成否が争われるわけだ。請負契約では、契約の成否から争われるケースが意外と多い。
 この点を事実認定する場合、Bから契約書が証拠として出されれば、これはBの主張にとって相当有力な証拠となろう。常識的にこれは明らかだ。契約書とはまさに当事者が契約を成立させた証だからだ。
 しかし、契約書があったら、そもそも契約の成否を争点とした裁判には至るまい。むしろ契約書が無いからこそ、裁判になっているのだ。
 ではここで、契約書がないから、Bが裁判に勝てないと考えるのは早計だ。そもそも契約文書管理がしっかりできている大企業でもない限り、世の中の多くの商取引では、契約書なる書面がちゃんと交わされていることは少ないのが現実だ。

 そこで契約書に代わる証拠は何か無いかと探してみると、果たしてAからの「注文書」があったとする。
 Aからの注文書があって、Bが実際に制作作業に入っていたとしたら、これは契約は成立している方向での事実認定が可能であろう。法学部の学生向けにこれを難しく(民法理論的に)言えば、契約は申込と承諾の各意思表示の合致によって成立するところ、注文書はAからの申込の意思表示であり、これを受けてBが制作作業に入るのはBの意思実現による(or 黙示の)承諾の意思表示と評価できるからである。
 かくしてAの注文書があれば、契約書がなくても、少なくとも契約の成立自体は事実認定できることがわかる。
 しかししかし、注文書があったら、やっぱりそもそも契約書の成否が裁判の争点になるまい。注文書を出した以上、こりゃ契約が未成立とは言えないだろうと、常識的なAであれば、こう考えるはずだ。だから契約の成否は争いにならない。

 そこで契約書も注文書も一瞥して決定的な証拠が存在しないケースこそ、契約の成立が争われてくるのである。

 そこで契約書や注文書に代わる証拠はないかと探してみると、果たしてAとBとの「メール」のやりとりが出てきた。
 このメールのやりとりの中でAが、「見積もりの内容はちょっと高いので協議させて欲しいと思いますが、制作自体はお願いしたいと思います」といった発言が書かれていたとしたら、これはしめたものだ。
 ここまで書かれていなくても、メールのやりとりを全体としてみれば、Aの契約意思が伺われるように読み取れるようであれば、これはメール全体を証拠として提出して、裁判官に契約成立に向けての事実認定をしてもらえるように主張する。いずれにせよ決定的な証拠ではないから、これを出せば安心というものではないが、それでもBにとって勝算大ありの証拠であることは間違いない。

 こういうぎりぎりの証拠群に基づくプレゼンテーションこそ、弁護士の腕の見せ所になるわけだ。これを「立証活動」という。
 メールをただどっさり放り出すのではなく、このメールのこの発言が、別のメールのこの発言と絡むことによって、このようにAの契約意思が読み取れると、ちゃんと書面で合理的な説明付けをして提出する。もちろん、証拠となるメール自体も一つずつ区別して判りやすいように印刷して(場合によっては色分け等見せ方を工夫して)裁判官に届ける。
 こういう職人芸のプレゼンテーションが弁護士の行う立証活動だ。そして裁判に勝つのだ。

 なお、弁護士が証拠のプロであるとしたら、それは即ち、弁護士は紛争を未然に防ぐプロとも言えるのだ。
 なぜなら、裁判に勝てるだけの立証活動をする腕があれば、紛争になる前に証拠を整えさせるようアドバイスすることは簡単だからだ。だから、訴訟実務の経験豊富な弁護士が作成する契約書は、実に見事なものになる。顧問弁護士に契約書をチェックしてもらったり作ってもらう意味がここにある。弁護士は裁判屋だからこそ、裁判にならないようにする術を、万一裁判になっても勝てるようにしておく術を知っている。

 ところで、契約書も注文書もメールもないようなケース。
 客観的な証拠を探しても見つからないようなケースは、負け確定になるのか。そんなことはない。この場合は、人の「証言」(供述)でもって立証してゆくことになる。この証言も弁護士の職人芸が大きく結果を左右する立証活動だ。

 では書類をはじめとする客観的な証拠と人の証言とでは、どちらが優れているのか。また相互に何か関係があるのか。
 書証と人証について、次回語ってみることにしよう。

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